いらっしゃいませ。
この間ケーキ屋さんに入ったら、モンブランが並んでましてね。和栗の初物とかで。
いやあ、秋っぽくて良いですねえ・・・。
・・・・そんな目で見ても出てきませんよ。はい、グラス。蛇口はあっち。
過日彼は桜庭一樹氏の小説、『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』を読了したらしい。今回はその感想とかを書いてみたりみなかったりしたいそうだ。端的に、今回読んだ作品はどうであったかね。
「これは面白かったですね、個人的に・・・」
ほう。
「切なくて、でも泣くとかではないんだけど、記憶の何処かにある“子供”な部分に訴えかけるようなお話でした・・」
ほう。
褒めておるようだな。
「色々と粗いんですが、そんな細かなことはどうでも良い感じです。とても良いです」
ふむ。
では、例によって例のごとく内容とかに触れてみるかね。さらに例のごとくネタバレ注意報を予め発令させておいて、と。
「えー、本当にネタバレしてしまいそうな・・・。
この物語は、多分“青春小説”です・・・。少女の成長、みたいな話ではありますが、普通に、恋をして、青春して、みたいには物語は進んでいきません・・・。語りの“あたし”、中学二年生・山田なぎさのクラスに、二学期始まってすぐの9月の三日か四日に転校生・海野藻屑(うみの もくず)が転入してくるところから物語は始まる。・・・正確には物語のスタートは、山奥で少女がバラバラ死体で発見された、という新聞報道からスタートするのだが・・・。
海野藻屑は、転校したときの挨拶から、自分は人魚だと言い、少女であるにも関わらず、自分のことを“ぼく”と言った。有名歌手を父に持ち、女優を母に持つ藻屑は、青白い肌に、黒い髪、大きな瞳と美しい容姿ではあったが、とにかく奇行が目立ち、虚言癖的な言動をする子供であった。
“あたし”(山田なぎさ)は、10年前に父親を亡くし、4歳年上の兄は自宅からでない引きこもりで、母のパート収入と生活保護で生計を立てている家庭のちょっと不幸な女の子であった。そのため、『生きることに関係なさそうな些末なことについては悩まない、関わらない』という取り決めを魂としていて、現在の状態から脱却するために、もっとも必要なものは『実弾』(金)であると思い、進路相談にも卒業後は高校に行かず、地元の自衛隊に入隊して、現金収入を得たいと考えるような少女であった。そのため、このちょっと面倒くさそうな転校生に関しても、有名人の子供であろうが何であろうが特に関心を持たなかった。“あたし”にとっては、有名人の娘でお金持ちの少女の虚言など、所詮『実弾』ではなく『砂糖菓子で作ったような弾丸』で現在の彼女には全く関わりのないものであると思っていたから・・・。
しかし、クラスの中でもっとも無関心であった“あたし”に対し、藻屑は何かと絡んでくる。憎まれ口を叩きながらもどうやら友達になりたいらしい・・。
少し足を引きずり、身体のあちこちに殴られたような痣のある美しい少女、藻屑の、虚言(?)や奇行に振り回されながらも、なぜか無関心であったはずの“あたし”は彼女との友情のようなものを感じ始める。
そんな二人の、九月の初めから十月の初めまでの一ヶ月ほどの短い物語・・・」
長々と書いたが今ひとつ内容がうかがい知れない紹介文であるな。
「気持ち的には『ありがとう浜村順です』の映画のコーナーくらいネタバレでストーリーを語りたいぐらいの気持ちなのだが、さすがにそれはと思いこのくらいで」
まあ、短めな小説であるから、紹介しすぎると本当にエンディングまでって事になりかねないからな・・・。
因みに『ありがとう浜村順です』は、関西のタクシーの中で流れている、朝のラジオ番組のデフォルトだ。
「このラジオのお陰で、タクシーの運転手さんは映画のことに詳しいに違いない」
・・・朝のラジオは置いておいて、今回読んだ作品であるが、かなりよさげな反応であったが。
「大変個人的にではあるが、登場人物に対してものすごく感情移入出来た。登場人物達は、“考えて”生活しているのではなく、何かを“感じて”生活をしている。それは(登場人物達)自分自身にもはっきりとは分からないけど、リアリズムである『実弾』と、リアルから切り離された世界の『砂糖菓子の弾』を撃ち続ける世界とを隔てている何か、の狭間で生きていっている」
・・・ふむ。
「父を早くに亡くし、引きこもりの兄と、パートで遅くまで働いている母の食事の世話をしながら、それでも引きこもって外界から自らを隔絶してしまった兄を憎めない中学二年生の“あたし”。彼女にとってのリアルはお金で、進学せずに早く母と兄を養いたいと思っている。
夫を事故でなくし、パートでわずかな収入を得るが、生活保護などを引きこもりの息子の通信販売などの無駄遣いに食いつぶされながらも何も言えないでいる母。
引きこもり、まるで神のように世間を傍観し、隠者のように生きる美少年、“あたし”の兄、友彦。
昔の有名人で、娘の藻屑にDVを続ける父、海野雅愛(うみの まさちか)。
そして、実の父からの暴力を受けながらも父を愛し、虚言と妄想に生きる、・・・というか、虚言と妄想にしか生きられなくなった少女、藻屑。
これらの登場人物のほとんどに感情移入してしまう。厨二病と言われようが、精神が成長していないと言われようが、大人になる過程、というか今まで生きてきた過程で味わった『リアル』と、そのリアルなものから逃げ出してしまいたい気持ちを引きずって生きている、心のリアルみたいなものに、登場人物の生きている感じが移されているという感じ・・・。
ただし、今現在生きていて、DVを続ける父・雅愛には共感出来ないが(でも、何となく感じているものは分かる気がする・・)」
ふむ・・・。
「個人的には特に、引きこもって世の中を傍観し、まるで天空から下界を見下ろす神のようなニートの友彦にはあこがれすら感じた。生活保護を食いつぶしていることも半ば自覚しているであろうし、隣近所から白い目で家族が見られていることも恐らく理解しているだろうし、それでも外界から身を閉ざし、思索に生きる。それはまるで仙人とか隠者とかのようで。暇を持て余して思索と学問にふける貴族的生活。もし貴族であるなら本当にそんな生活がしてみたいと思う。個人的に引きこもっても絶対に非人間的にならないという自信がある。根拠はないが。そんな生活は貴族的ではあるが単なる穀潰しであるというのも一応は理解している、けど・・・」
ダメ人間的共感だな。
「目の前にある貧困という『リアル』に不安を持つ、なぎさにももちろん共感した。穀潰しである兄をなぜか憎めず、兄を働かせよう、ではなく、自分が稼いで兄を食べさせようと思う、ちょっと不思議な思考になぜか共感出来たりした。彼女は誰かの世話をするということで心の安定を得る。その安定をわざわざ崩したくはないのだ・・」
ふむ。
「そして、度重なる虐待を受け、それでも父を慕い(物語の中ではストックホルム症候群であるとしているが)、その狭間で虚構と現実の入り交じった生き方をせざるを得なくなった藻屑。・・・幸いではあるが、虐待を受けずに育ったので、その心の傷がどれほどのものか窺い知ることは出来ないが、苦しみの中で虚構の世界に生きていってしまう心情は何となく理解出来る。藻屑にとっての『リアル』はなぎさとの交流であった・・。自分に関心を示さないなぎさに対して関心を持つことが彼女の心の拠り所であり、現実世界とのつながりであったんだ・・・」
なるほど・・・。
「短い友情物語(?)は一ヶ月ほどで突然に終焉を迎える。その一ヶ月でなぎさの『リアル』はどう変化することになるか・・・」
興味を持たれた方は本編をお読み下さいということで・・・。
どうかね、この作品はお薦め出来るかね。
「お勧めしますね。特にこの主人公達の中学二年生という年齢を過ぎた大人の方にお勧めです。いま『リアル』にさらされている方のほうが感情移入出来ると思います。もちろん好き嫌いはあるでしょうし、合う合わないはあるでしょう。甘えて寝言言ってんじゃねえと言う方もおられると思いますが、それはそれです・・。読む人を選ぶ作品ではあると思うので、万人には勧められませんが、個人的にはなぜか清々しい感じの作品であったと思います・・・」
なるほど。
珍しくかなり褒めているようだな。
まあ、また何か面白い作品があれば紹介していくのだぞ。