Cafe Ligia-exotica / 純喫茶 船虫

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観劇日記 劇団“からここたち、” 『頭痛肩こり樋口一葉』 を観に行った 

 いらっしゃいませ。


 ・・・時々12月とは思えないくらい暖かかったりするんですよねえ。


 氷が意外に活躍します。




 過日の2010/12/11、彼は、劇団“からここたち、”の第4回公演、『頭痛肩こり樋口一葉』を観に行ってきたらしい。今回はそれについての感想とかをさらっと書きたいそうだ。









「存外良かったです。良くできていたと思いますね」




ほう。
褒めているな。





劇団“からここたち、”
第4回公演 『頭痛肩こり樋口一葉

作 井上ひさし

演出 村松


出演:劔持瑞貴
   佐々木恵美子
   高田裕美
   鶴岡真理子
   永長之衣

   小野純子
   村松


於:ピッコロシアター 中ホール





「まず、今回、井上ひさし作品を選んだというのが良かった」





ほう。





「物語がしっかりしているので、あまり脚本を変えたりしないでも、ストーリーがすんなり進行していくので、演出サイドは演出作業に専念出来たのではないかと思う」





ふむ。





「観客的にも観ていて物語にすんなり入り込みやすい。役者も物語に入り込みやすかったのではないだろうか。井上作品の膨大な量の台詞もよく頑張って入れていたなと思います」






ほう。





「劇団としては、こうしたしっかりした脚本の作品をこなしていくことはとても重要。しっかり『おもしろい』ものをこなしていく事で、劇団の(もしくは個人の)『おもしろい』の基準が上がっていく。変に肩肘張って、“脚本書いてみました!”的なことをやってもなかなか面白い脚本という物はそうそう出来上がるものではないと思う。元々が面白くないものを、がんばって演出してもそう簡単に面白い芝居にはならない。『おもしろくない』事を繰り返しても、劇団としての『おもしろい』の基準が下がっていくばかりで、何一つ面白いものを作れなくなっていってしまう」






ふむ。





「なので、今回、がんがんと成長途上にあるこの劇団がしっかりした脚本の作品を作り上げたということはなかなかに意義のあることだと思うね」





ほう。





「ただ、以前に観た恩田陸作品もそうだけど、元の作品のパワーに引っ張られていくだけでは芝居としてはもったいない。『生で見える』ことで表現出来ることをもう少し追う必要があるかな。多分その当たりは演出さんは結構考えていると思う。今作を観てそう思った」





ふむふむ。





「今回は出だしから、『ああ、自分には選曲出来ない芝居だな』と思った。タイプ的に、自分の選曲のライブラリーに今回の作品のような和物の曲がなかなか出てこない。選曲はよく頑張っていたと思う」






ほう。






「あと、幽霊役はやってて面白かったんじゃないかな。大変おいしい役であるし。活き活きと演じていたように思う」






ほほう。





「あと、次女役の本当にラストのはけていくシーンの表情が良かったね。ああ、こんな表情を作れるんだ、と、ちょっと感心した」





ほう。





「提灯の照明も良かったね。転換中は美しかった。ただ、一カ所(芝居のかなり最初のほうであったが)、全暗転する部分があったが、その意図が分からなかった。もしかしたらシーンが一つ多く入っていたのかなとか思ってしまった」





おや。





「かなり楽しめた1時間40分でした」





それは良かった。






「良かった点は上げたので、次は気になった点を」





あら。




「せっかく膨大な量の台詞を入れたのに、部分部分で台詞が舌に乗ってないなあというシーンを見かけました。多分公演二日目にありがちな集中力の途切れだと思うんだけど」






まあ、噛んでしまうとか、台詞が飛ぶとかは、致し方無しだな。





「おそらく、オリジナルはかなりな長編なんだと思うけど、結構上手くまとめていたなと思う。ただ、切りすぎかな?もっとボリューム有っても良かった。まあ、それぐらい今回は芝居がしっかりしてたということなんだけどね。飽きさせなかった」





なるほど。





「挿入歌を歌うシーンは、花道から出てきた幽霊は途中からでも客席を向いた方が良かったね。見せ場は“見せ場”としてあげた方が芝居としてわかりやすかったかもね。そのほうがお客さんには親切かな?それに客席に声飛ばないし。まあ、そのためのラベリアであったわけなんだけど」





・・・ふむ。





「意外に幽霊とそのほかの役者が絡んでいるように見える。芝居の仕方の問題かな、目線とか動線とか」





ふうむ。




「あと、大変難しい問題であるのだけれど、暗転のたびに舞台のリズムが途切れる。温度が若干下がる」





ふむ。





「『毎年のお盆の一日を切り取る』という芝居なので、(1年という)時間経過を表現するのは暗転であっても良いのだが、明治23年から、31年までの毎年のお盆を見る(お盆でないときもある)という芝居なので、この手法でいくと少なくとも9回は(数えてないけど)暗転での場面転換となる。どうしても暗転が多くなってしまう。そのたびにリズムが途切れてしまうのはもったいない。なかなかに難しい問題であるが、何か上手く繋ぐ方法があれば(と書いている方も特に転換方法を思い浮かばないのだが)・・・。単純に暗転が長かったかな?まあ、早替えの時間とかがあってそう簡単には短くならないだろうけどね・・・。早替えがんばっているのが分かりました・・・」





・・・ふむ・・。なかなかに難しいな・・・。






「今回観ていて一番気になったのは、『季節感』」





ほう。





「毎年の盂蘭盆(うらぼん)の一日(特にお盆の16日)を切り取って見せているはずなんだけど、観ていて全く暑くない。旧暦の7月16日って、そんなに暑さを感じない物なの?」





ふうむ。





「台詞としては“盂蘭盆”であるとか“お盆の16日”であるとかって台詞はあるんだけど、まず、演者が暑そうじゃない」





・・・ふむ。





「多分、夕方とか夜だから?・・にしては夕方にも見えない」





ふむ。






「貧乏長屋で日当たりが悪いから?なら、西日も差さない?蝉も鳴かない?」





ふうむ。





「やはり一番大きいのは、夏の芝居なのに役者が誰一人暑そうな芝居をしていなかったことかな・・・。真冬以外ならどの季節でもありえるような曖昧さが残る」





・・・ふむ。





盂蘭盆だというなら、やはり盂蘭盆の芝居、盂蘭盆の演出効果は必要であったと思うね。それを踏まえなければ死ぬ直前の夏子(一葉)の、“高熱のせいでやたらと寒い”という芝居が生きてこないと思うね」




なるほど。





「・・・まあ、こんな重箱の隅をつつくような感想は置いておいて、総じて面白かったです。腕を上げてきているなと正直思いましたね」






それは良いことであるな。





「これからも面白い台本を見つけて、“からここたち、”の色の芝居を続けていってもらいたいと思いました」




なるほど。

珍しく、ちゃんと観劇日記であるな。

ちゃんとしたまま今回は終わる。